六ノ里地域づくり協議会が始まって9年目。
当初は地域の良いものを発掘して伝えたいと思ってスタートした三社拝殿踊り。
当時は六ノ里の栃洞白山神社のみが自主的に続けていた拝殿踊り。
残りの平谷白山神社、位山秋葉神社は40年以上ぶりの再開。
自分自身、唄も何も分からなくて、他人任せ、他所様任せの拝殿踊りの再開。
続けるうちに、こりゃ唄が唄えたらもっと楽しめるんだろうな、、、と少しずつ覚え始め。
だけどもだらだら覚えるでしかなかった自分。
当たり前にたいして覚えれないし、下手なまま。
そんな中で数年前から六ノ里の祭事で唄われてきた嘉喜踊りの唄の練習をはじめ、その辺りから父方の祖父が唄い手だったと聞き始める。

約2年前にあった郡上市議会議員選挙。
友人の後援として全力で動いたが、そこでは母方の祖父(旧白鳥町議会議員)の話をちょいちょい聞き。
祖父の存在感に涙して感謝をした。
早死にだったため、生きて会ったことは一度もなかったけど。
それが第一の伏線回収。
今年の夏は地元の踊り保存会にお声掛けいただいて参加をしている。
地域の大先輩から素敵な諸先輩方、下手な輩にご指導ありがとうございます。
そんな中での地元の夏祭りでの櫓に登っての唄の披露。
下手なさながらも唄わせてもらいありがとうございました。
その後の懇親会。
大先輩より父方の祖父のエピソードを聞く。
大先輩が結婚するときに、うちの祖父に伊勢音頭を唄ってもらったそうな。
まだ伊勢音頭の唄い手が少なかった時代だそう。
悲しいかな、自分自身は祖父の唄を一度も聞いたことがなく。
まさか方々で唄っていたなんて露知らず。
「松川さんのおじいさんはな、祭り好きやったでどこでも唄いに行ってたよ」なんて話も聞けて。
なんだか居ても立っても居らず。
その後すぐに実家に戻り父方の祖父の形跡を探す。
写真があるのは知っていて、改めて見ながら、今生きてたら全力で唄教えてほしかったなと思う。

その後実家で夕飯を食べていたら、このタイミングで母から祖父の唄が書かれた扇子があることを知らされる。
いっぱい出てきた。
祝い唄から、嘉喜踊りの唄、そして祖父の自作の嘉喜踊り唄まで。
両親からもこのタイミングで譲り受ける承諾を得て、ようやく自分の手元に祖父の唄が届く。
ここのところ、というか毎年この時期になると「伝統文化ってなんだ」って葛藤に苛まれ…
毎年毎年、守るべき核となるもの、時代と関わる人によって変わっていくべきもの、その狭間にもがく時。
そんな中、父方の祖父の自作の嘉喜踊りのシズメ唄に目が止まる。

「時勢(トキ)と勝地(トコロ)と人の和が、三ツが揃ってお目出度や」
最初はなぜに漢字に当て字?と思ったが改めて調べてみれば意味は深く。
「時勢(トキ)」とは、その時代の流れや世の中のありさまのこと。
「勝地(トコロ)」とは、景色や環境に恵まれた、その土地ならではの良さを持つ場所のこと。
そして「人の和」は、そこに暮らす人たちのつながりや調和を意味する。
つまり、「時代」と「土地」と「人」。
その三つが揃ってこそ、お目出度い。
そう理解した瞬間に涙腺は崩壊。
しかもその唄が披露されたのは、地域の小学校の竣工式。
それが自分の生まれた年だったという事実。
もう間違いなく、自分の唄の精神はここでしかないと確信した時。
今日もこの唄を夜の拝殿で唄い。
きっと明日もこの唄を拝殿で唄い。
しばらく、唄の導くまま、唄い続けたいと思う。
六ノ里三社拝殿踊りまであと少し。
世代を超えた第2の伏線回収は、まだ始まったばかりなのかもしれない。




















