林業。
表面的なことは何となく分かっているつもりだったけど、実際には知らないことばかりだった。
表現するためには、まずは知らなくてはいけない。

白鳥林工協業組合には大きく分けて山林部と木材加工部があって、山林部は木の伐採搬出から植林まで幅広く行なっている。
自然に寄り添った仕事は大体朝が早いものだという実感はあるけど、やっぱりここもそれなりに早く。
毎朝、早朝からのミーティングで情報共有を図る。

現場でも情報共有。
林業、特に伐採に関わる仕事は非常に事故が多いことは有名で。
何か起きないようにする事も当然大事だけど、その後の対応スピードも大事。
何はともあれ、メンバー全員が同じことを頭に浮かべられる仕組み作りは必要。
誰がどこで何をしているのか、この共有方法は凄くいいなって思った。


人の手での伐採から重機を使用しての集材。
まさに近代林業とも言える効率的な集材方法。
植えた木を材木として活かすためには、下草刈りや間伐など長い年月をかけた手入れが必要になる。
そして伐採し、また植える。
言葉にすると簡単だけど、その循環には半世紀以上の時間が流れている。
今利用している木は、かつての人たちが植え育てたもの。
そして今植えている木は、おそらく自分たちが使うことはない。
気候変動や技術の進歩で、その頃の社会がどうなっているのかも分からない。
それでも未来へ託していく。
その結果を自分たちで確かめることもできない。
なんて壮大な世界なのだろう。

木材には年輪だけでなく、人の手が入った痕跡も残っている。
かつて枝打ち作業をした跡。
その木を見れば、当時誰かがここで手入れをしていたことが分かるそうだ。


技術の進化とともに発展した重機たち。
効率的に木を搬出出来るようになったことは間違いない。
その一方で、山への負荷をどう減らしていくのかという課題もあるそうだ。
山を削り、道を作り、そして伐採、搬出。
道があるから、人が山に入り木を出すことができる。
けれど、山肌の表面を傷つけることになり、場所によっては結果地盤が緩くなって時には崩れたり。
林業という言葉のイメージだけで言うならば、なんだかエコでクリーンなイメージやワードしか出てこないけど、現状は自然に良いこと悪いこと、そんな両側面があるそう。
ここの現場の人たちはそんな葛藤を日々抱えつつ、最近はどんどん技術が失われつつある架線集材にも目を向けていた。
架線集材はその字の如く、山にワイヤーを張り、そのワイヤーを伝わせて木材を集材すると言うもの。
山への負荷を軽減できる方法の一つだ。
しかしながらコストが膨らむため、今の現場でその方法は選択しづらい。
今後はそんな技術も少しずつ取り入れていきたい。
そんな声が現場から聞こえてきた。
失われつつある技術に目を向け、学び続けようとする姿勢そのものが、きっと未来への種まきになるのだろう。



ヒアリングを続ける中で、ベテランの方々に共通していた想いがある。
次世代へ渡すこと。継承。
「自分も先輩から受け継いできた。
だから今度は自分が若い世代へ渡していかなければならない。
技術だけでなく、なぜ今の山になったのか、どんな時代を経てきたのか、その背景も含めて伝えたい。
自分がいなくなった後も、次の世代が考え続けられるように。」
こんな思想を持つベテランから学べる現場がここにはある。


時代とともに大きく変化する林業。
何が正解なのかも見えない中、自分たちの信念で進み続ける人たちがいる。
未来へ良いバトンが渡せるように。
多くの気付きと学びをもらえる取材に感謝でしかない。
自分自身ももっと深い目線で、山の総合的な管理を考えられるようになりたいと強く思う。




















